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ルワンダ 伝統牛糞アート イミゴンゴの世界へようこそ

imigongo anywhereはルワンダ伝統牛糞アート イミゴンゴを解釈する活動です

 

2017年、ルワンダ移住の初日

首都の空港に降り立った際に目に飛び込んできたのがイミゴンゴでした

壁面に描かれた幾何学模様に目を奪われ呆然 

あまりにも強烈だったためその後しばらく近寄れないままでいました

 

2019年

やっぱり気になる

ようやく気持ちが落ち着いてきたため、イミゴンゴに近づいていきました

ルワンダではホテルやカフェお店などの店内装飾で使われ

お土産屋さんでも見かける身近なものでした

 

「これ、なんですか?」

「イミゴンゴです」

「イミゴンゴって何ですか?」

「牛糞で作られたアートです」

「なんで牛糞何ですか?」

「んー、よく分からないです」

「この柄にはどんな意味があるんですか?」

「んー、それもよく分からないです」

 

こんなやりとりを何十回も繰り返したのち

イミゴンゴは確かにここにあるけれど、その実態はあまり知られていないのでは
ということが露わになってきました

 

図書館やアーカイブ管理施設にもイミゴンゴの資料はあまり見当たらず

文化庁、大学、国立博物館からもそれぞれふんわりとした情報が得られたのみ

 

こんなに出回っているのに由来を知らずに使われていることが不思議で

独自で調査をはじめました

 

イミゴンゴの発祥地を調べると、ルワンダ南東部だと判明

おはなしをうかがいにいくと首都やその他の機関では聞けなかったお話が

ざくざく出てきました

 

イミゴンゴの工房に通い、作り手さんと時間を共にし

彼ら、彼女らの解釈をうかがいながら

このイミゴンゴ自身が一体何を表しているのか、向き合う日々を続けています

 

由来や歴史に関しても、発祥地で書き留められたものにはまだ巡り会えておらず

イミゴンゴに近しい人々を訪ねてはおはなしをうかがい、訪ねてはおはなしをうかがい

それぞれの記憶を辿る

それを総合して貌をあらわにする試みを行なっています

 

数多ある柄にはそれぞれに名前と意味があることも見えてきましたが

作り手さんや、工房、誰に教わったかにより解釈がまちまちです

 

一つの柄に複数の名前がついていたり

全く別の柄を同じ名前で呼ぶこともあります

 

最初は「どれが正解なの?」「誰があっているの?」と訝ることもありましたが

調査を進めていくにつれ、異なるものを包み込んだまま今にまで至る大きな潮流を感じるようになりました

「たった一つの正解」を決め切るのではなく「それぞれにとっての正解」を保つことを許される余白

 

イミゴンゴとの出会いから

徐々に自身の考え方にまで影響が及んでいる感触があります

 

 

 

 

活動方針は2つ

「分からなさを転がし続ける」
 
「未来の人の引き出しをつくる」
 
 
 
 
まず「分からなさを転がし続ける」について
 
これが何なのか知りたい、明確にしたい、定義したい、暴きたい、という欲にかられて
半ば衝動的に調査を始めましたが、続ければ続けるほど掴みどころのない実態が露わになり
その不可思議さにますますハマっていった経緯があります
 
「分かった」と思うのはある意味では終わらせる行為でもあります
 
次にそれが現れたとき「あー、あのことでしょ」と一度定義したことを繰り返し使用します
 
そうすることで負荷なく過ごせるようになるからです
考えすぎるのは疲れますから
 
でも本当はA=Bとクリアにできないことが世界に溢れています
 
これはいったい何なのか、正体不明のイミゴンゴは
何でも判明させたがる私にとってトリックスターでした
 
分からなさ、不思議さ、不明瞭さの中に居させられる体験
もどかしさもありながら、こういう宙ぶらりんの中で問いを立て続けているとき
時間の流れが線状から螺旋状に変化している感覚がありました
 
分からないけど、なにかあるかもしれない
いや、ないかもしれない
あれ、でもそれってこういうこと?
そうかもしれないな、でもそうじゃないかもしれないな
でもこういうことでもあるかもしれないな
 
一見何も進んでいないように見えるぐるぐる思考は
こちらの視点から測れないだけで、奥に手前に振れ幅を増している時間かもしれません
 
 
それは何なのか、説明的には主張してこないイミゴンゴとの暮らし
 
よく分からないものと過ごす時間が、みなさまのネガティブ・ケイパビリティに影響を及ぼし
世界のよく分からないものとの向き合い方にも波及する
 
そんな時間をお届けしたいと願っています
 
 
 
 
 
そしてもう一つの活動指針「未来の人の引き出しをつくる」
 
イミゴンゴはルワンダの伝統文化の一つですが、どこの伝統文化も通る道である
「なんか古臭い」「ちょっとダサい」「またイミゴンゴ?もう飽きた」
などの反応があるのも事実です(特に首都や若者を中心に)
 
世の中に流れは必ずあります
 
流れに逆らってまで何かを留めておきたい、という気持ちは今はありません
 
消えるときは消える
 
それはそのときに消える必要があったから
 
 
でも、ふと振り返って
 
「そういえば、あれ何だったんだろう」
 
「あのときイケてないと思われてたけど、もう一回知ってみたいな」
 
「あの中に何かヒントがあったかもしれない」
 
と思う人が50年後100年後に現れたとき
本当にまっさらに消えてしまっていたら手がかりが何もありません
 
 
そう思った未来の人が開けたときに知りたいことが詰まっている、
そういう引き出しをつくっていきたいと考えています
 
 
イミゴンゴとは何なのか、追究し発見し何らかの形で残していくこと
 
 
お気づきの方もいると思いますが、これは1つ目で述べたことと真逆の路線です
 
分からなさを残したまま、分かったことを残していく
 
とても矛盾に満ちているように見えますが、この背反協働を続けていく所存です
 
 
 
 
年に数回展示会を開催し、本物のイミゴンゴに触れていただく機会を設けております
 
昔も今もインテリアとして存在しているイミゴンゴを
お近くにお迎えいただく機会としてオンラインストアも運営しております
 
ピンっとくる不明瞭に出会えますように
 
 
 
 
 
 
 
imigongo anywhere 代表
Cultural Capital Rwanda R&D ltd.
加藤 雅子 / masako kato
 

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